阿陀比売神社
主 神 阿陀比売命
ご祭神 木花咲耶比売命
御子 火須勢理命彦 火火出見命
境内社 八坂神社 大神宮 熊野神社 春日神社 八幡神社 琴平神社
   
鎮座地 奈良県五條市原町24
● しめし掛けの森
本 殿  春日造・桧皮葺、主屋(方二一米)軒二重繁桟を打ち彩色を施している。
寛正(室町時代)の棟札ありと伝えられるが、現在その所在不明 江戸時代初期の建築と考えられており、重要文化財(神社建造物)につぐ貴重なものである 。
由緒沿革  当神社創立は人皇大十代祟神天皇十五年と伝えられ式内社にして阿陀郷の氏神なり。
○神亀七年荒廃した社殿をみて藤原武智麻呂公金の神幣を寄附し給ひて、社殿を改築せり。郷民尊崇して四時(春は三月二十日、夏は六月二十日、秋は九月二十日、冬は十一月二十日)の祭祀を行へり。就中三月二十日は安産御祈願の日として御神徳もまた顕かなり。即ち古来より安産の神として信仰深く男子を欲する時は白、女子は赤の鈴の緒を腹帯として戴き、お礼に新しい布を奉納するならわしとなっている。
 物変り星移りて正平年中高師直来りて吉野の行宮を犯すや阿陀郷や紀伊の郷士等此の地に防戦して勝たず時に兵火にかかり神戸もまた横領せしるのち明徳四年郷民等之を悲歎し当時の領主に歎願して社殿を改築し神領をも申しうけたりき降って寛正二年三月またこれを改築即ち現存せるものその一部なりのち應仁年間以来氏子村々不和を生じ追々分離現在は原区の 氏神として祭祀せられている 。

【阿陀比売神社の立て札より】
ご祭神は阿田比売命の主神に、火須芹命(火闌降命)火火出見命(彦火火出見命)火照命(火明命)を合祀する。 『古事記』『日本書紀』の神武天皇の条に、釜を打って魚をとる贄持の子の記事があり、阿田の鵜養の祖と記されているが、『記・紀』編集当時この地方に住んだ阿田鵜養(『万葉集』巻第十一にでる 安太人)が祖神として阿田由売命を祀っ たとされている。
 合祀の三神は『記』『紀』の所伝と異るが何れも瓊々杵命と阿田比売命(木花咲耶姫命) の産まれた神としている。 『新撰姓氏禄』には、大和国別神に二見首(富乃須洗利命の後)・大角隼人(火闌降命より出る)とあり、山城国神別にも阿多隼人(富乃須佐利乃命之後)とあり、『和名抄』薩摩国に阿多郷の所在を記している。
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