天乃石立神社 (通称)戸岩さん
(天石立神社)

あまのいわだてじんじゃ

ご祭神
天照大御神・櫛岩盤命(櫛盤門戸命)
豊磐盤命(豊盤門戸命) ・天岩戸別命(天盤戸別命)

鎮座地
奈良県奈良市柳生町柳生岩戸谷789


● 一刀石
芳徳寺の東南中、万年渓と称される岩戸谷に鎮座する。標高330mの山中で 、社殿はなく、御神体はさく裂した花崗岩の巨岩である。神体石の後方小高い山は戸岩山と称し、巨石が多い。巨石を以て神霊の籠る依代とする古代人の自然信仰から創始された古社。
 戸盤明神、戸岩谷神社、神戸岩(かんべいわ)神社御門の守護神である天石門別神(あめのいわとわけのかみ)と同じ神である。延喜式神名帳に記す式内社で、四座の神
天照大御神(日向神社)
豊盤門戸命とわいわかどのみこと(天石立神社)
櫛盤門戸命くしいわかどのみこと(天石吸神社)
天盤戸別命あまのいわとわけのみこと(石立神社)
を総称し、天石立神社という
 柳生戸岩谷の天乃石立神社は、延喜式神名帳に記載されている式内社である。延喜式は一千年前延長年間に撰せられたもので、その神名帳には、全国の官国弊社二一三二座を記載しているが、戸岩谷の天乃石立神社も、小社としてその中に加わっている。天乃石立神社の祭神は、天照大御神、豊盤門戸命、櫛盤門戸命、天盤戸別命となっているが、神体は扉の形をした巨岩(花崗岩)、前伏盤、前立盤、後立盤の三つに割れている。前立盤は高さ6m、幅7.3m、厚さ1.2mあって、全体が扉の形をしている。伝説によると、神代の昔、高天原で手力雄命が天岩戸を引き開けたとき、力余ってその扉石が、虚空を飛来し、この地に落ちたのだという。虚岩崇拝の好適例で、古来土地の人達の信仰は深く強いものがあった。正保二年(1645)但馬守宗矩は、参道を修理して並木を植えているし、宝永二年(1705)柳生宗弘(のち藩主俊方)は、能舞台を建て石燈籠を寄進し、寛保二年(1742)藩主  俊平も、石燈籠を寄進している。
【境内の立札より】
きんちゃく岩 日向神社(天照大御神) 天立神社(天盤戸別命)
天石立神社(豊盤門戸命) 天石吸神社(櫛盤門戸命)
一刀石
戸岩谷にある約7m四方ほどの巨石で中央から2つに割れている。柳生宗厳の修行中この戸岩谷にわけ入ったところ天狗がいたので試合をした。
 その時、宗厳が一刀のもとに天狗を斬り捨てたと思ったが、刀はその場にあった巨石を2つに割っていた。これを後世一刀石と呼ぶようになったと いう。柳生藩代々の信仰厚く、創聖宗厳はこの谷で修練  して剣の奥義を極め、新陰流剣の道を上泉伊勢守秀綱から伝授され無刀の極意を悟ったといわれる。
御神体岩と拝殿の石燈籠は柳生飛騨守の寄進。
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