杵築神社
きつき

ご祭神 須佐男命

鎮座地 奈良県磯城郡三宅町屏風

● 屏風村の由来
素戔鳴命(須佐男命)を祀る旧村社で、境内には  牛頭天王社と刻まれた石燈籠がある。
拝殿にかけられている「伊勢太神宮へのおかげまいり」の絵馬は、慶応四辰九月吉祥日に屏風の里氏子たちが奉納している。
太神宮の旗を立て、40人ほどの人たちが三味線などにあわせて踊り行く姿は、当時のおかげまいりを偲ぶよい資料である。おかげまいりは、とくに徳川時代に盛んに行われたもので、慶安・安永・明和・文政・慶応など、ほぼ六十年目に熱狂的に踊りながら伊勢参りをするもので、大和各地に時折おかげまいりの絵馬や石燈籠が残っているのを見かける。
 屏風の町中にも石燈籠が一基建っている。寛政十年(1798)の造立のものであるが、当初のままで少しも損傷はない。大和はおかげまいりの道中になっていて、そのためか伊勢まいりが盛んに行われた。太神宮の常夜燈が町の辻などにあるのをよく見かけるが、徳川時代の末期頃に造立されたものがほとんどである。ここに火を献じてお伊勢さんを拝し、村人の安穏を祈ったのである。
 本殿は、新しい立派なものが建てられている。
以前はずいぶん破損が酷く、荒れていたとのことだが、形式的に見ると古いもので、おそらく三宅町では、いちばん立派な本殿であったという。
境内は広く、かなり大きな樹木もあり、境内の周囲に壕をめぐらしているのも古い由緒を思わせる。

境内社には、
厳島神社 (祭神 市杵嶋姫命)
稲荷神社 (祭神 保食神)
八王子神社(祭神 不祥)がある。
 この杵築神社には「伊勢太神宮へのおかげまいり」の絵馬の他にも、聖徳太子が駒をとめて、この地に休息された故事を描いた絵馬がある。このゆかりの石が向いの白山神社の境内にある。
境内にある、聖徳太子ゆかりの古跡。

【屏風の清水】
聖徳太子がこの地で休息され、従者の持つ弓をとって   この地を打ち掘られると、冷水がこんこんと湧き出た。
以降、太子がこの地をお通りになるときは、この水を愛飲されたと言い伝えられている。
(屏風の里古跡より)
三宅町教育委員会
 
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