| ● 奉膳の名の起こり 御所市奉膳町(旧南葛城郡国樔村奉膳) 奉膳<ぶんぜ>というところが、和歌山線吉野口駅の南数百メートルにある。昔、後醍醐天皇が吉野へおいでの途次、ここにお休みになり、土地の者がご食膳を奉った、それ以来、これを記念するため、この二字をもって土地の名としたという。 (田仲正男) |
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| ● 土蜘蛛の窟 御所市高天町(南葛城郡葛城村高天) | |
| 昔、この地に大きな土蜘蛛が住んでいたので、字サルチ(猿伐)というところから矢を放ち、これをうち平らげた。 その矢の落ちたところを矢の段という。その時うちとった蜘蛛を、同地の高天彦神社のかたわらに埋めてある。 これを蜘蛛塚という。そして、その蜘蛛の窟は同神社前の並木の東方にある。 また一説に、この地に土蜘蛛が住んでいて、時のみかどが御悩みであったから、勅使をもってこれを滅ぼし、この窟に埋めこんだ。この蜘蛛は千筋の脚があり、今もこの地には、よそよりも大きな蜘蛛がすんでいるという。(瀬川敏夫) |
![]() 蜘蛛の窟 |
| ● 鶯宿梅 御所市高天町(南葛城郡葛城村高天) 高天彦神社前並木のかたわらに鶯宿梅<おうしゅくばい>がある。昔、この地の高天寺に住んでいた僧の弟子に小童があった。それがむなしくなったので、師の僧の嘆きは一通りでなかった。 しかし、月日がたつにつれて忘れていると、つぎの年に鶯がここの梅の枝に飛んできて鳴いた。その声を聞くと、 |
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![]() 御所市高天の「鶯宿梅」 |
初春のあした毎には来れども あはでかへるもとのすみかに とあった。今は、この老樹は枯れ朽ちて、若いこずえが生え繁っている。 今も、この高天地方は鶯の名所として名高い。 (吉村定治郎・瀬川敏夫) |
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