● 綱かけ神事 磯城郡織田村大西・纒向村江包 今から凡そ千百年前、天長六年六月十八日、初瀬川の大洪水は、三輪の綱越神社の夫婦の神を流した。 川下にある纒向村江包の人は男神を拾ひ、織田村大西の人は女神を拾ひ上げた。然し村人たちは、その神罰をおそれ、どうしようかと思案にくれた揚句、弘法大師に相談した。大師は、これを各々の大字に祀らしめた。 |
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| そして、かう教へた。 『毎年※陰暦正月十日に、大西は雌綱を造り、江包は雄綱を造り、江包の牛頭天王の森で、その縁組を行へ』と。 その後、両大字では、今に至るも尚その行事を続けている。陰暦正月八日の午後、綱打と云ひ、各戸新藁一束づつを持ちより、大西は雌綱を、江包は雄綱を造る。二月十一日は、まず、江包西垣内の春日神社から雄綱(男綱)と、大西の市杵島神社から雌綱が出て、江包の素盞鳴神社で一緒になる『綱かけ神事』をおごそかに行ふのである。 (島本常治郎) ※現在では、毎年二月十一日になっている。 |
![]() 縁組(入舟式)を終え、ひとつになった 江包の素盞鳴神社社前の男綱と女綱。 |
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