八阪神社
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| 旧式外雑社。吉野川に沿って走る五条吉野39号線沿い、山麓に北面鎮座する。 石鳥居には「牛頭天王」との石造額を掲げ近年まで正面に割拝殿があったが、今は改築されて向って右側に拝殿が東面して建っている。元は広庭から神域全体が土塀で囲まれていたが、今その半分位が残存している。正面二対の石燈籠に「常燈明 天保九戌歳(1838)正月吉日 寺坂左兵衛亀屋亀治良」とある。 |
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正面石段上の神域内覆屋中央の本殿は、極彩色春日造板葺で屋根には千木堅魚木がおかれている。本殿に向って右側の末社は、市杵嶋神社で弁財天女を祀る。本殿のすぐ左の小祠は、多度太神宮で雨請の神を祀る。 左の端に稲荷神社(ご祭神・保食神)。 下段の素木春日造の祠は御霊神社の御仮屋。 |
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| 境内の小祠は金毘羅宮で、大二次大戦までは、毎月十五軒がここで金毘羅講を営んでいたという。 | ![]() |
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| 本殿の祭典は七月七日。古来疫病の神として崇敬厚く、七月七日の祭典は下市・栃原方面からも参拝する人で賑わったといわれる。十月二十三日の御霊神社祭当日はこの神社も氏子によって祀られる。覆屋にある御霊神社の御仮屋を九月二十八日に当家の家に移して下方を桧葉で囲い神迎えする。末社の多度神宮は五十年前まで雨請時に背負って吉野川原に奉遷し降雨があると、村中で雨喜びを行なった。 「明細帳」には「境内坪数五二坪民有 地一種、境内社三社 太像神社 祭神不詳或云 面足命・天津日子根命・惶根命 稲荷神社祭神保食神 市杵嶋神社 祭神市杵嶋姫命 信徒二三人 祭典六月七日」と記されている。 |
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