八幡神社  
鎮座地 奈良県五條市
  東阿田町字宮山392
ご祭神 品陀和気命

阿太盆地の北側、阿太峰の南麓に
鎮座する旧村社。
 八幡神宮
 東阿田字宮山三九二番地
 祭神 品陀和気命 十五代應神天皇
 社殿 木造桧材使屋根 春日造
            梁行四尺

 天皇吉野へ行幸なされてその際当地
 に御休息なされ吉野川の流水の美河
 岸の景を御覧あり      
 第五十七代清和天皇の御代貞観二年
 九月に当区民天皇の徳を慕ひ同所に
 神殿を美々しく築き氏神として祭祀
 を執行し東阿田の氏神とす

        〜拝殿の看板より〜
 社地について『旧五条市史』に、応神天皇吉野行幸の際、休息された所で、
その後、白ひげの老翁が現れ、ここに祀るように仰せられたので貞観二年(860)
村民が仮神殿を建てて創祀したとの伝を記している。縄文前(6,7千年前)の
遺跡に近く、付近は遠い縄文人の住地といわれる地である。        
例祭は、十月二十日。
本殿の横にあった、これは狛犬さん?
 本殿は、春日造板葺の一間社。屋根の上に五徳を逆様にしたようなものが乗ってました。お祭りの後みたい。

伝承 桜木さん
 古代私達の先祖は、稲の生霊は桜の木に宿ると信じていました。だから私達のずっと古い先祖の人達は桜の木に田植前にはアメルホミ(雨乞)をしてサミダレを願い、田植始めには早苗(田植の神)をそえサオリの儀式をして無事田植が終わることを願い、田植終わりにはサノホリの祭りをしてその年の豊作を願い、秋の取入が終われば神饌を供えて感謝のアイナイの祭りをしました。桜木さんは稲の神様として信仰して来たのです。
  このように桜木信仰の伝わっている当地は古くから、集落の形態をなし農耕生活をし文化も進んでいたと考えられ貴重な伝承なのです。吉野の桜も五穀豊穣を願うため古くから人々の寄進で植えられたものです。尚、応神天皇の持っておられた桜の枝が根付いた木だとか、白髪の老翁が川合前小学校附近にあった桜の枝をこの地に移したものもあるとか、伝わって来ましたがこれは後年当八幡宮の創建縁起を混同されたものです。古くから桜木さんは椋の木の南六奉祝の処に二抱えもある大木で天を圧する見事な老桜で春の満開は近郷の人達から「東阿田の桜木さんは満開や苗代の準備せならん」と親しまれて来ましたが昭和三四年の秋 伊勢湾台風で根元より倒れ枯死しました。私達は先祖の人達の信じ敬愛した桜木さんをいつまでも伝えお祭りしていきたいものです。

 【立て札より】

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