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| 日吉大社は、全国に3800余社ある日吉神社(もしくは、日枝<ひえ>神社)の総本社。 山王二十一社と呼ばれる上七社・中七社・下七社の総称である。なかでも上七社(山王七社)は重要な位置を占めている。西本宮を筆頭に七社それぞれに神輿を有する。 四月十二日〜十四日にわたり斎行される山王祭は、内容の濃密な古式を伝える祭礼で、12日夜から松明と提灯を頼りに牛尾山の頂上から二基の神輿が急坂を下り、様々な儀式が行われ、14日には七基の神輿による参道の神輿渡御、めずらしい琵琶湖上の渡御が繰り広げられる。 |
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滋賀県大津市坂本の比叡山の東麓に鎮座する。近江国の一の宮で、境内は牛尾山(八王子山)を含む13万坪の広さがあり、国宝二棟(東西両本宮)に重要文化財十七棟を有している。 比叡山延暦寺の護法神として、平安時代から信仰を集め、「日吉山王」とも呼ばれてきた。「日吉」は古くは「日枝」「稗叡」等と表記し「ヒエ」と訓んだが、平安後期頃より「ヒヨシ」とも称するようになった。 |
| 受付で拝観料を納めると、境内の絵地図が入った由緒書を手渡しながら、当社の簡単な説明と拝観順路を判りやすく説明してくれる。東本宮の背後にそびえる奥宮の牛尾山標高378mへには、古代からの祭祀と考えられる金大磐<こがねのおおいわ>と呼ばれる磐座があり、牛尾神社と三宮神社の二社の拝殿と本殿が建っている。 社殿までの所要時間は、往復で一時間半程度。勾配のきつい箇所もあるとのこと。 |
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![]() 西本宮 楼門 |
![]() 西本宮 拝殿、本殿 |
| 西本宮楼門は、東本宮楼門と同様、三間一戸、入母屋造、檜皮葺の建物である。 東本宮楼門と比べ、規模が大きく壮麗。天正十四年(1586)頃の造営と推定されている。大正六年四月五日に国の指定文化財になっている。 拝殿は四方とも開け放してある。天井は中央が一段高くなった折上小組格天井<おりあげこぐみごうてんじょう>と呼ばれる様式になっている。 本殿は両本宮(国宝)とも、桃山時代の建立。入母屋造、平入の、身舎<もや>の三方に庇<ひさし>をつけた形式は日吉大社固有のもので、日吉造<ひえづくり>と呼ばれている。 西本宮は(旧称・大宮)は社伝によれば天智朝の創祀と伝え、天智天皇が六六七年に近江大津京遷都に伴いその翌年に、大和の三輪山の神(大神神社)を勧請した。また天台仏教と習合して、日吉大社の中心となり、大宮もしくは大比叡宮とよばれるようになった。 |
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![]() 東本宮 本殿 |
![]() 東本宮 楼門 |
東本宮(旧称:二宮)の御祭神 大山咋神は比叡山の山の神であり、日吉大社の元来の祭神、地主神である。『古事記』に「大山咋神は亦た山末之大主神と名づく。此の神は近淡海国の日枝山に坐します。亦た葛野の松尾に坐します。」とあり、京都の松尾大社の御祭神と同神とされる。大山咋神が亦の名を山末之大主神とよばれるのは、この神の本来の鎮座地が牛尾山で、当社の根源がこの山の祭礼にあったからと考えられる。 |
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