| 火雷神社 (若宮大明神) ご祭神 火雷神 (井上内親王の若皇子) 鎮座地 奈良県五條市御山町宮山74 |
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丹生川の吉野川への合流点に近い南岸に鎮座の神社を式内小社火雷神社にあてられている。祭神火雷神とは、井上内親王の若皇子で、地元では、若宮大明神ともいっている。しかし祭神や鎮座地については異説もある。『大和誌』は御山村にあり、また雷神と称すといい、「神名帳考証」は火打野村で火産霊神とし、伴信友の「神名帳考証」は火打野村一説御山村雷神と称すとし、「特選神名帳」は軻遇突智神を祭神といっている。 | ||||||||||
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| すでに『続日本記』大宝二年(702)の条に「山背国乙訓郡火雷神早毎に雨を祈るに頻る微験あり」とあることは、水神としての火雷神であることを示すが『三代実録』貞観元年(859)四月十日に正四位上から従三位に、元慶三年(879)六月八日正三位に昇叙している。 火雷とは、必ずしも当社の神と断定できぬにしても、本来の当社の神は火の神か水の神である自然神が祭神であったと考えられる。御霊信仰が宇智郡を風靡することになって当社の神も※「霊安寺御霊大明神略縁起」にあるように、井上皇后の御子を雷神として当社に祀り御霊社の若宮と呼ぶことになり、当社遷宮も霊安寺僧の奉仕によって行われることになった。 鎮座地も前述のように、火打町の地に求める説もある。 |
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| ※「霊安寺御霊大明神略縁起」 「雷神ハ井上ノ皇后、宝亀三年(772)六月二十三日ニ、宇智ノ郡ヘ御流サレアリシトキ、御懐妊アリシカバ、宇智ノ郡ニテ御座アリキ。ソノ在所ハ大岡、内ニ小山アリ。ソノ山ノ峯ニテ御産アリキ。ソレヨリノチソノ所ヲ産屋ガ峯ト云ナリ」 |
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| 鳥居をくぐってすぐ、左側の摂社。 | |||||||||||
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