入鹿神社
いるか
ご祭神 素戔鳴命 入鹿大臣
   
鎮座地 奈良県橿原市小綱町335
● 入鹿神社の伝説
 小綱の集落のほぼ中央、堂垣内に西面して鎮座する。広庭に入った向って左側は仏起山普賢寺(真言宗高野山派)の大日堂に接し、右側に真宗興正寺はの正蓮寺に隣り合っている。かつてはこれら寺院と何等かの関連のあった神社とみられるが根拠史料がない。
かつては印度舎衛国にあった祇園精舎の守護神の習合として牛頭天王社とも称された。

拝殿に向って左手の大日堂
 当社の地名について明治二十六年十二月十日の氏子総代より奈良県知事宛願書によると、明治十二年の「神社明細帳」に入鹿神社と届け出ていた所、当社は往古より素戔鳴命を合祀していたのだから牛頭天王社を差おいて入鹿神社と唱えるのは不都合との係官よりのお達しに付、入鹿神社との届出を牛頭天王に改めたいとの願書が出されている。「宗教法人法による届出書」では元の入鹿神社を社名に、二神合祀の神社と届出ている。
 本殿は朱塗春日造りで、中央蛙股肘木の中に丹精に彩色された彫刻が施され、屋根は桧皮葺。全体として室町頃の風格を思わせる建造物として市の指定文化財の一つである。
御神体は木像の素戔鳴命の立像と入鹿大臣の坐像二体の外、神石が奉安されている。
 
例祭は十月二十六日で、神賑行事として拝殿で子ども相撲が奉納されるが、神楽など奏すると当社の神がきらって必ず雨を降らせるとは古老の伝である。
境内社の稲荷神社(祭神倉稲魂神)
     八幡神社(祭神誉田別命)
     秋葉神社(祭神不明)
 拝殿北の池の小島の小祠は、
弁天社(祭神弁財天)大正十二年の干魃時に この社前で雨乞をし、小麦藁三かかえの大松明を担って村内の畦道をまわったという。
 
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