| 磐余神社 いわれ ご祭神 神日本磐余比古命 鎮座地 奈良県橿原市中曽司町521 ● 烏(からす)みよとて殺された人 |
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| 中曽司町のはずれ、曽我川右岸に南面して鎮座する。広大な境域のあちらこちらに伐採の後が残る。その広さは2250坪あるという。昔はこの境域に鬱蒼と生い茂るほどの松林があったそうだ。拝殿まで100m以上はある。とても広い。 古来より中曽司町のほかに、現大和高田市の松塚、土庫と三カ村の郷社として崇敬されている。現在も変わらず、同じ ように三カ町で祭祀されている。最近新しくなった境域正面の石囲には各々三カ町から組織された座講より寄進された名前がみえる。 |
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創立年代は明らかではないが、『高市郡神社誌』に当社拝殿鬼瓦の銘に「寛文二年(1662)願建、瓦司曽我村佐兵衛作、明和二年(1765)修覆、新口村瓦工 槌屋伝兵衛」とあることから考えて拝殿の建立以前に当社が創祀されていたことがわかる。『大和志料』中巻の十市郡多坐弥志理都比古神社(現田原本町多)の項に「因ニ云フ」としてこの神社の神体は木像数十体で「製作制奇古蓋一千年ノ物ナリト」と記し「或人云フ、現在ノ古像ハモト高市郡中曽司村磐余社ノ神像ナリシヲ、多社旧神主植田氏ノ先人某彼ノ社務ヲ兼帯セシトキ窃ニ斎ヲシココニ安置セルモノト。果シテ然ルヤ否」とあるが、事実なら本社の創祀は一千年以前ということになる。 本殿は朱塗春日造桧皮葺で、中に木像の御神像を奉安している。 |
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| ご神紋は菊の紋。例祭は十月十七日。 昔は二月二十九日の御田植祭に拝殿前砂山へ松葉を植え豊作を祈ったという。 座講は土庫の磐余講と松塚の本座と新座が組織され、座祭は磐余講が十月十六日で、本座が十月十四日、新座が十月十六日。 |
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境内社の厳島神社(祭神 市杵島姫命)は、 |
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