奈良豆比古神社
ならづひこ

ご祭神 施基親王
    平城津彦神
    春日王

鎮座地 奈良県奈良市奈良阪町2489

 (奈良交通バス・奈良阪停留所下車)
   

● 御神体のおきな面


 鎮座地は奈良市街から約4km北へ向かった奈良市の北端、平城山(ならやま)の東の端に位置し、京都府との県境に近いところ。
 旧奈良〜京街道に面した処で「奈良阪の氏神さん」と慕われている。ご祭神は春日大社との関係が深い。古くは奈良坂春日社と呼んでいたようで、石燈籠にも春日社と刻まれているものがある。
 本殿は、一間社の春日造が三殿並んでいる。
中央に産土の神・平城津彦神(奈良豆比古神)奈良山の神といわれる産土神か。向かって右側に志貴皇子(施基親王、同)天智天皇の第七皇子であり、春日皇子と号した。のちに春日宮天皇と追号される。光仁天皇の父。向かって左側に春日王(志貴皇子の子)志貴の第二皇子で矢田原太子と号し、土俗矢幡神という。白壁王(光仁天皇)と兄弟である。この神社は二十年毎に「御造替(ごぞうたい)」が戦時中も欠かすことなく氏子によって行われているということで、建物も塗りも美しい。
 春日王には二人の皇子《浄人王・きよひとおう(弓削首夙人・ゆげのおびとしゅくうど)と安貴王・あきおう(秋王)》がいて、「浄人王」は散楽俳優(さんがくわざおぎ)を好み、その芸術をもって明神に祈り、父の病を治した。世に言う「猿楽・芸能の翁三番叟(さんばそう)」などの面は浄人に起ると。当郷の人芸能をなすは、この余風なり…」《奈良坊目拙解》奈良神社の条の一説だが、能楽の源流である「猿楽」がこの神社で発達したことは確かである。     (奈良豆比古神社のパンフより抜粋)

 神社には奈良県指定文化財が三件ある。
 一、同神社に伝わる二十面の内、能面「ベシミ」で室町初期(応永二十年・1413)の銘をもつ最古のものである。その他、指定外ではあるが、室町時代から江戸時代にかけての能狂言面十九面などや能衣装が保存されている。
 二、本殿裏の境内地に生育している、樟(くす)の巨木。奈良県の天然記念物で、根元幹回り約12.8m、樹高約30mにも達する。また、樹齢千三百年にもなろうかと見られていた、境内の巨大な「児の手柏・(万葉の樹)」の古木は、昭和二十七年(1952)に枯れてしまったが、その切り株が残る。
 三、無形文化財の翁舞。十月八日宵宮に行なわれるが、古式の詩や舞は口伝によって伝えられている。翁舞の奉納は宮座とは別に翁講中の人たちによって行なわれる。
境内の神社
恵比須社(蛭子神社)・祭神 事代主命 毘沙門天王社・祭神 毘沙門天
大福神社(福の神)・祭神 大国主命
弁財天社(厳島神社)・祭神 市杵島姫命
 石瓶神社は石の神ともいい、春日王の作りたまう矢並びに幟を石瓶に入れて埋納したところという。
[写真:石瓶神社]
 また本殿の後方左右には愛宕神社、八幡神社、高良神社、金毘羅神社の小祠が鎮座する。

 江戸時代の古図には、神社の南に西福寺、北に善城寺が描かれている。同神社の宵宮の毎年十月八日に奉納される『翁舞』や祭礼には多くの関係者で賑わう。
 奈良国立博物館に移管されている面は、翁、黒色尉、尉、中将、平太、怪士、般若、曲見など能面と祖父、武悪、狐、うそぶき、乙など狂言面と数多い。
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