三郡神社
みこおり

鎮座地 奈良県磯城郡三宅町上但馬

ご祭神 志那津比古神
    金山彦神
    美津波之女神
    火産霊神
    波仁山姫神
[左側の写真]一の鳥居と、[右の写真]二の鳥居とその奥、 拝殿の前に三の鳥居が見える。鎮座地が式下郡、十市郡、廣瀬郡の三つの郡(磯城郡三宅町、田原本町、北葛城郡広陵町)の境界近くにありこのお社の社名にもなっている。境内には日露戦没記念碑、皇祖遥拝所、明治天皇遥拝所、百度石がある。
 境内はとても清浄に保たれており、氏子の人達の信仰の篤さがうかがえる。

三郡神社には五柱の神々が祀られている。
 志那津比古神は、伊邪那岐・伊邪那美の二神の御子で、一般には風の神といわれている。金山彦神は、金の神、鍛冶の神とされている。美津波之女神(みずはのめのかみ)は水の神で雨を司る神。火産霊神(ほむすびのかみ)は火の神で、かまどの火を守る、火を防ぐ神とされている。波仁山姫神(はにやまひめの神)は土の神とされ、埴安神と同神だともいわれ、家を守り土を司る神とされている。

 このように風の神、金神、水神、火神、土神とあって、人間の生活に深い関連をもつ神々が奉祭されている。
 三郡神社

 祭神 志那津比古神 金山彦神
    美津波之女神 火産霊神
    波仁山姫神

 当社は上但馬(五傅)村の成立発展に伴い江戸中後期に土産の神として勧請されて以来住民の厚い信仰で奉斎されて来たことは明治初期の神社明細帳などで明らかにすることができる。   
 五祭神はそれぞれ風の神、鍛冶(金)の神、雨をつかさどる水の神、かまどをつかさどる火の神、家を守る土の神と農耕をはじめ商工業の発展と幸な生活にかかわる大切な神がみである。社の位置は式下郡 十市郡 廣瀬郡の三つの郡の接点に建立され古代の識者により三郡神社と命名され今日に至る。勧請以来本殿 拝殿 神域の拡張など歴代の総代により整備復覆につとめられ多くの崇敬者奉賛によっていっそう清浄荘厳に維持されてきた。神事として昔は数多くの行事があったが時代の進化と共に風化し現在では 一月年始祭 三月祈年祭 十月例祭 十一月新嘗祭の四大行事のみと成り神官をお招きし厳粛に取り行われている。
 この地に生命誕生の喜びと名付の報告をなし氏子として神徳を仰ぎ由緒ある三郡神社の弥栄を祈念し崇敬者として神助によっていっそうの家内安全 商売 繁盛 無病息災を祈願する人々で神徳が篤い。

 昭和六十一年十月吉日     上但馬識者撰 
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