| 海津神社 わだつみ 鎮座地 奈良県葛城市岩橋字太田方602 ご祭神 海積豊玉彦命 |
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| 旧村社。太田集落の東端に鎮座し、太田の氏神ながら、隣接した新庄地区久保の人達の信仰も厚い。 創祀は明らかでないが明治二十六年の「神社明細帳」に「明治元年旧称竜王社ヲ改メテ豊玉神社と号ス」とあるから古来、竜王社として崇敬されていたことになる。 |
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| 本殿は素木の春日造一間社で屋根は、銅板葺。 祭神の豊玉彦命は「日本書紀」神代以下の彦火火出見命に「女豊玉姫を以て妻せまつる」とある海神。 『古事記』では火遠理命が綿津見神の宮に行き「その女豊玉ヒ売を婚せまつりき」とある海神で『日本書紀』一書にはこの海神を豊玉彦命としている。 |
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| 竜王とは仏法守護の神で、印度原住民の蛇神信仰から生れた架空の動物を竜という。 水中に住み、空中も自由に馳せ雲を呼んで雨を降らせる魔力があると信じられたので、水神・海神として農耕神として信仰された。特に密教では雨を降らせる本尊とされたが、明治の廃仏毀釈で、社名はもとより神名も改められた。因みに高田市の竜王宮が西面しているのに対し当社は東面しているから古来、姉妹の宮といわれたという。 例祭は六月三十日の夏祭と十月五日の秋祭である。夏祭は、小麦をねって塩につけ、人身の匂いのするボロソを御膳に供する習慣であるが、原始信仰の人身御供の名残として現代人の生活の中に生きる例である。旧磐城村史に「毎年一度必ず妙令の処女の生供を為さずは五穀実らず田野山林大いに荒れに損じたりと言ふ。」と記されている。 |
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