| 八幡神社(善城) 御祭神 応神天皇 鎮座地 奈良県吉野郡下市町大字善城字宮 ● 阿知賀物語 |
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県道の東側に面したところ、すぐに石段があり、二百数十段程上ると、社殿に達する。 社伝によれば貞観四年、善城山頂字宮辻に奉斎したと伝えられている。延元の初め後醍醐天皇吉野山に皇居を構えられた頃、善城与市郎成喜これに朝仕した。よって綸旨、刀剣並に公文姓を賜わった。後村上天皇の時、成喜の男成喬、賀名生の皇居に勤仕したが、明徳三年南北の両朝一に帰し南帝都に御還輩の際、成喬は累代の朝恩の忝なさに名残を惜しみ、当社に参拝し氏神と奉敬した。 |
| 天保十五年九月廿四日鳥居瑞籬破損により建替、鳥居は高さ八尺であったが現存しない。その後嘉永四年十一月本殿・御供所・拝殿等大破したので建替している。又明治廿二年八月十三日後醍醐天皇、後村上天皇の御神霊を御木像に移し奉り奉祀した。 本殿は春日造、檜皮葺、白木(一坪三合)。境内は三百三十六坪で、神饌所、拝殿、遙拝所がある。例祭は十月十五日。 |
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本殿に向かって、右側に境内末社稲荷神社がある。流造・瓦葺・白木で豊受大神・宇賀神を祀る。区有文書によれば、この社はもと経の段に鎮座されていたが、享保年間大破し、同四年九月造営完成し、常々五穀豊穣を祈願して来たが、明治八年に至り氏神境内に移遷したものである。 |
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